ある晴れた日



講義棟のロビーを出ると、夏みたいな日差し。しかし風は心地よく、秋の匂いを感じる気がしなくもない。南国の秋なんて大概こんなもんだ。俺は古っぽいベンチに腰掛けて、思いきり体を伸ばしたあと、白衣のポケットにねじこんだ缶コーヒーに手をのばした。




ぷしっ。


鳥の鳴き声と、葉っぱのゆれる音だけが時を動かしているような、昼間の停滞した時間の中で、俺はハロー!プロジェクト新人公演へ行くべきかどうか必死に考えていた。時間、興味、お金、ありとあらゆる角度から検証を重ね、なるべく無駄のないようにスケジュールを組まねばならない。地方の学生にとって東京までの交通費はバカにならない大金であるばかりか、日帰り不可能であるがゆえ時間の犠牲も余儀なくされるのだ。事は慎重に運ばなければならない。俺は眉間にシワをよせたまま、またたく間に缶コーヒーはからっぽになっていった。
だいたい、ハロプロエッグが楽しすぎるのが悪い。ハロプロエッグメンバーはブログをやっていて、学校のできごとやコンサートのレッスンの様子などを知ることができる。さらにメンバー同士で撮った写メやプリクラもアップされていて、よりメンバーが身近な存在であるかのような錯覚を起こさせる。俺自身そうだったのだが、「ハロプロエッグなんて、顔も名前も分からないし興味ない」などと言っておきながら、逆に顔と名前さえ一致してしまえば、堕ちてゆくのはあまりにも容易いのである。現に今、友人との会話中に、俺だけのかえぴょんとか、俺だけのこなっちゃんとか、意味不明な言葉が自然に口をついて出るのはどうしたことか。そして実際、先月はポッシボーを観に鳥取県へ行き、今は新人公演のスケジュールとにらめっこしているのだ。
ここまで来ると、ハロプロエッグが魅力的なのではなく、単に俺が惚れっぽいだけなのではないかという疑問が浮かぶ。中高生くらいの女の子なら誰でも良いんじゃないか。例えば℃-uteだろうがAKBだろうがアイドリングだろうが、簡単なキッカケさえあればすぐハマってしまうのではないかと自分を疑いたくなる。そしてこの疑問は、…残念ながら、ほぼ当たっている。アイドルはすべからくみんな可愛いし、がんばっているし、良曲の1つでもあればもう条件はイーブンみたいなものだ。だから、表に出すか出さないかの違いだけで、根底的には(ハロプロ)オタク=DDだと俺は定義する。俺自身そういった事を表に出さない方なので単推しタイプのオタクなのだが、あくまでスタンスの違いである。
こないだも、ビーバス何とかだか新しいアイドルグループができたらしい。今や、「アイドルなんていくらでも居る」つっても過言ではない。その分流行り廃りも激しくなり、頻繁に人も入れ替わる。ある意味、俺らオタクはそれを逆手にとって、手を変え品を変えいつまでも夢の世界に遊び続けることができる。軽度のオタクならまだ節目節目で現実に立ち戻れるだろうが、俺とかもう何年もこういう事やってると、アイドル好きの体質はどうしようもない。




立ち上がりざまにゴミ箱へスリーポイントシュート。…外れた。そんな簡単に入らんわな。カラコロ言う缶コーヒーをもう一度ゴミ箱に預けると、俺は空になった白衣のポケットに両手を突っ込んで、病棟へと引き返した。
今の自分にはやる事がある。しかも、将来設計の大事な時期だ。もし新人公演を見に行けば、現在の推しメンのみならずさらに気になるメンバーが増えちゃうのは必至なのだが。